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DJであり作曲家の人のブログです。DTMの事を書いたり、イベント告知したりします。友達は大切にしような。

ギ!ミッシェルガン・ヒルアンドン

技術力を向上させたいので技術の話を書いてみますよ、の巻

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オイラ、中学時代に陸上部でした。経緯を書いていきますよ。

小学校の頃に編成されたリレーのチームで区大会優勝しちゃったんですね。メンバーもめっちゃ面白い奴らでした。楽しかったですねー。

中学に上がって部活動をしなきゃならなくなったので、オイラは以下の3つを選択肢に上げてました

この中でダントツのぶっちぎりでキボンヌだったのが落研だったんですが、前の年でなくなってました(笑)ついでに器械体操なんかキの字もありませんでした。もしも落研に入っていたら何をしてたか解らないので(メタルバンドで太宰を朗読するとか)環境って大事ですよね。

ということで吹奏楽部しか選択の余地がなくなってるんですが、説明会に行ってみたら女子のパイセンが言うんですよ。

「何か楽器持ってる人ー!」って。

家には電子ピアノとかあったんですが、オレはフルートを持ってました。ブラバンなら当然フルートですよね。なので「フルート持ってまーす」って言ったんですよ。

そしたら女子のパイセン。

「おー!フルートかー!フルートは男子がいないんだよー!フルート入ってくれたら嬉しいなー!」

正直、気分よくなかったですねwwwwwwwだったら黙ってたらいいのにwwwww

いや、嬉しいなーって言ってもらえるのはありがたいんですけど、オレ、フルート持ってたけどフルート吹きたくなかったんです。オレはサックスとか吹きたかったんだけど…

親父がクリスマスに「サックスうるせえし、練習出来ねえし、小公子みたいじゃね?」って理屈でフルートを買ってきたんです。

当然吹きませんよねwwwwフルート持ってるけどwwwww

シンセみたいな音が出るシーケンサーのついた電子ピアノをヘッドホンして弾いてる方が楽しかったし、小学校の頃ファンファーレをやるってんでトランペットやったりした時期があるから尚更ですよね。機材って大事だなーと思いました。

あえなく三択撃沈!どうするオレ!?

そんなわけなので吹奏楽部とかウキウキしてたんですが、説明会で強烈にやる気を削がれたので「紙飛行機でも作ろうかなー?」って思って窓の外を見てたら、小学校の時にリレーを一緒にやった友達が。

「おーい!オマエ足早いからこいよー!」って言ってくれたんですよね。

そんだけの理由で陸上部に所属する事になりましたwwww

なんか最低じゃね?これwwwww

ですが、それでも良かったのです。だってオレ足早かったんだもん。

練習開始!最初に出来なかった事は○○○○!!

というわけで陸上部の練習に合流する事になりました。

当時の事はあんまりよく覚えてないんですが、スゴーく覚えてるのは…

モモ上げってのができなかった!

んです。これはすごーくよく覚えてます。

僕は当時小児ぜんそくもヒドかったので長距離はまず考えられないところだったりします。そして小学校時代は短距離のリレーで優勝をしてるので自然と適正はスプリンターという事になります。チビだけど。

簡単に言っちゃうとスプリンターがモモ上げ出来ないのって致命的なんですよね。

最初は上級生に「モモ上げ」ってのを教わるんですが、これが全然ダメなの。ワンピースとかでウソップが「ワーッ!」って走るようなところあるじゃないですか?なんかこうイメージ的にはべた足で。

モモ上げしたらあんな感じだったんです(笑)これはね、誇張でもなくてホントに良く覚えてます。上級生には「あー、わかったわかった…」ってな感じで。

「んー」と僕も思いました。

当時はあんまりわかんなかったんですが、これがクリア出来ないとスプリンターにはなれないわけです。小学校の頃は足が速かったねー!ってなっても、ダメなんです。まるで通用しないんですよ。

こういう状況が3日間くらいだけ続いたような記憶があります。

ところが指導者が変わったらね…

そんな風にモモ上げが出来ないで3日くらい過ごしたんですけど、上級生とかだと無理だったんで、先生が直々に教えてくれたんですよ。どんな指導をされたのかさっぱり覚えてません。けども、それをやるだけでモモ上げが出来るようになりました。スタートダッシュなんかも良くなりましたね。

記憶が定かではないんですが、モモ上げをやったり、他の練習をしてるうちに腕の振りもすごく大きくなって行ったような記憶があります。腕フリってのをスゴく褒められてたもので。

気がついたらリレーのレギュラーになってました。第1走。スタートダッシュを任されてました。

「オマエは身体は弱いけど腕の振りで。上半身で走ってるなー」と言われたものです。今にして思うと技術を褒められたんだと思うんですよね。

そんな風にしてたら、400mリレーで東京都準優勝を2回してました。400メートルってある特定の大会じゃないと走れなかった記憶があるんですけどね。

つまりモモ上げって言う技術を教わっただけで随分走れるようになる!

僕はそもそも身体が弱かったので沢山の練習が出来ませんでした。なので個人の能力としては全然大した事無かったんです。クラスとか区で優勝しようがナニしようが、それは周りとの連携でなんとか取れてる賞。僕個人は全然大した事無かったんですね。

けれども「最低限の技術を教えてもらった事で、チームに定着。都で準優勝2回」って体験をさせてもらえたんです。当時の仲間にも助けられてそういう経験が出来たんです。

リレーの事なのでチーム論の話にもなりそうなんですが、単純に「最低限の技術を適切に教わるだけで、ある程度の成果は出てくる」ってことなんだと思います。今になってみると「本当に指導者に恵まれたんだなー」って思っています。

ただ、身体も弱かったしチビだし。フィジカルもなくて技術で走ってたのでね。技術以上のところで越えられる一線ってのは結局越えられませんでした。

ちょろっと故障もしたし。

でも先生は無理は全然させようとしなかったです。それでも「ある程度は勝てる」のです。

もしも「誰でもある程度は伸ばせる技術」のところで劣等感を抱いている子がいるんだとしたら、スゴくもったいなくてかわいそうだと思う。速くなりたいって子がいたら適切な指導が出来る環境があるといいんだけどね、って思います。それで初めて自分の限界をも知る事が出来るようになるのですから。とりあえず走ってる間は息を止めとけ!

結局、喘息とかがヒドくて3年間やれませんでしたが…

受験もあったんだけど、そもそも身体が弱かったので。毎年喘息の発作で入院してましたし。肺胞が何個か破裂するほどの発作をしましたし。

2年生のいっぱいで陸上競技はやめて、結局合唱とか合奏の方に向かったんです。喘息にも良さそうでしょ?当時から音楽やっときゃよかったねー。結局今でも続いてるの音楽なんだもん。

だけどねー、ホントに陸上やって良かったと思っています。

今でも思い出すんです。

競技者って言うのは「スゴい特別な体験」ってのをキャリアの中で何度かやるんです。身体が軽いとか周りがスローとか。僕はその感覚を2度ほど経験しました。一個はどうでも良い大会だったんですけどw

この感覚を文章にすると、ものすごーく長くなるので割愛しますが、今でも思い出します。あんな特別な体験…音楽でもしない事はないですが…うーん。スゴい体験を中学校の頃にさせてもらえたなー、って思っています。それほど特殊な体験でした。才能が無かったので目覚ましい結果には結びつかなかったのですが。

本当に指導者に恵まれました。ありがとうございました、って言いたいっす。また先生と会う事があったら肩揉んだりしたいです。ロクな教え子ではなかったけれど、ホントにありがたいと思っています。

あとねー、試合のとき競技場でウォークマン聴くのも楽しかったですね。今考えてみると「なんかジョルジオモロダー関連のいっぱい聴いてたんじゃねえか?」って気がするんだけど…

ちなみに周りはみんなボウイでした!

さて、最後にフルートの事についてもちょっと話をしておきましょうか。

僕、中学の卒業式前夜に女の子に告白してフられてるんですけど…

吹奏楽部でフルートの子でした!フルートリーダーでした!今考えてみるとワンチャンどころかイロイロあったんじゃねえのか!?いや、作り話じゃないんだよホントに!!!

桜並木の事をよく思い出しますねー。人生ってどうなるかわかんないですよね(微笑)。

これ、技術の話なのかな?ちょっとでも伝われば良いのだけれど。

◎追記

環境と技術の事考えてたら、こないだまですんごいミニマルなカッコいいライブやってた友人の事思い出したのでこれを貼っておきます。

https://www.youtube.com/watch?v=L5YvHhBAe50

生き方はイロイロあるし、キツいこともあるけど、なんかね。

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