DJであり作曲家の人のブログです。DTMの事を書いたり、イベント告知したりします。友達は大切にしような。

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ギ!ミッシェルガン・ヒルアンドン 日常

ソクラテスの弁明とカイジ

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ワイ氏。お盆の四連休に入りました。田舎に帰るとかいうのはないんでパーティーでDJやるのがメインになりそうな感じ。少しゆっくり出来るなーとも思ってます。明日のバタフライエフェクトとか出社してからのオールナイトというものでしたしね。ゆっくり準備できるなあ、と。

iPhoneから更新してるのでうまくシェア出来てるかしら?

ホントはCDでやりたかったのだけど、明日は自分の曲を軸にしてやるのでUSBでやります。ご興味おありの方は絶対遊びに来てください(笑)。

さて、ここのところブログの更新があまり出来てなかったんですが、Kindleやばいっすね。アンリミテッドのKindle。まだまだ品揃えは弱いところもあるんですが、ホントに楽しい。久々に読書の時間を作るようになってホントに楽しいわけです。

ニーチェの熱が凄いので一気読み出来ず、休憩しながら「道徳の系譜」を読んでいたのですが、合間でソクラテスの弁明を読んでみました。

この書だけを読んで思う事は・・・

「無知の知、知らないことがある事を知っている。不可知の世界がある。人ではわからない事はある」という、哲学的に正しい態度は解るし共感できるのですが、弁論術についてはどうにもこうにも好感を持てなかった。丁度、僕自身の今の信条がそういうものだったからです。理屈をコネ回して何が真実か?と。この人がやった事はまさに「若者を堕落させただけだ」と。観念の世界での戯れの何処に真実があるのか?と

けれども、コレは「弁明」なので仕方ないのかな?と思ったりして。負けりゃ死ぬんだから。ある意味「政治的」なのだから。

コレを思想や方法論とするのは如何なものか?思って読んでました。まさにこの人は世界に混乱を呼び込んだ、と。

・・・

硬っ苦しい本ばっかり読んでてもつまらないので、「弁明」を読み終えたあとにたまたまコレを読みました。

 

賭博堕天録 カイジ 和也編 3 賭博堕天録カイジ 和也編

賭博堕天録 カイジ 和也編 3 賭博堕天録カイジ 和也編

 

もうね、マンガ。マンガですよ(笑)息抜きに読むにはちょっと暑苦しいマンガですよ。

コレを読んで「ハッ」となりました。ソクラテスの弁明と彼がやってきた事について気付きがあったのです。

詳しくは割愛しますが、ソクラテスの生きた時代状況について改めて想いを馳せることとなり、さらに「言論や議論は倒しうる。持たざる弱いものが強者を倒しうる。最後の砦だ」と。思いました。つまり「デモに逃げるな」とも言えます。ソクラテスのように1人でも立ち向かえるのです。

うーん。

「娯楽マンガ」とされるものから、ギリシャ最古のような哲学の補強をされようとは。これだから古典は楽しい。

傲慢になった現代人にとって古典というのは「それもう知ってるし」っていうことになりがちだと思うのですが、それ、本当に知ってることなのかな?

やはり古典を知る事は、今を知ることになるんだな。

だから僕は古典をもっと読みたいし、死ぬまでの教養としたい!って想いを新たに強くしました。

最近こんな事書いてばっかり(笑)

 

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