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ギ!ミッシェルガン・ヒルアンドン

スコセッシ監督の「沈黙」がやばい。シスターとかに見せづらい(と思う・笑)

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スコセッシ監督の「沈黙」を見てきました。正直「やばいものを見た」という感想です。ここ数年で見たものの中でもダントツでやばい。「キチッと映像化したらやばかった」というものになっていました。映像化してよかったのか?(笑)

この「沈黙」を、僕はとても好きで、若い頃から何度か読み返しているのですが「それでもやばい」と思えるものでした。素晴らしい。監督、スタッフ、役者さん達にリスペクトを捧げたい。

ちなみに僕は敬虔とは言えないがカトリックなので(笑)映画を見て「シスターには見せづらいし、何か大きなメジャーな賞とかはノミネートすらされづらいなあ(笑)」と思いました。だって信仰についてそのものの事があそこに描かれてんだもん。大人の事情とかわかっちゃうよね・・・

※アカデミー賞の撮影賞にはノミネートされてるの知らなかったです!映像美すごいぞ!失礼しました!

それでも素晴らしさが褪せることはないし、手放しで絶賛したいと思います。エンドロールとか最高!

そして、いちカトリックとして言いたいことがあって、この映画を見るときに「日本って本当に排他的で沼だよなー」みたいな鬱憤ばらしで終わらせてほしくはないと思うのです。寛容であって欲しい。

僕は「日本は沼だ」という言葉を「砂漠ではない」と捉えています。ただし沼があるから稲が実るのですけれど。

おそらくブッディストにもムスリムにも解りづらいのが日本だと思う。けれども日本を好きになって欲しいし、好きになってくれる!って思っています。とても排他的な押し付け意見ですが(笑)。

キリスト教はそもそも迫害の中から身を立ててきたし・・・っていうか一度はとんでもなく排他的な権力にすらなった挙句、長い戦争もしたし、ひどい腐敗をした時期もあるんです。それはイエズス会が海を渡ってくることになった遠因にもなっていて、ルターの宗教改革にさかのぼるはず。そうして考えると「沈黙」が持っているある種のプロテスタンティズムにもなんとも言えない味わいが出てくるのですが・・・僕はなんの話をしてるんでしょうか?(笑)。

キチジローについてのお話

キチジローという登場人物が出てきますが、この役は役者さんは誰もがやりたいですよね多分(笑)。僕らは誰しもキチジローなんだ!とか思ったりするだろうし。

映画と宗教の話から遠ざかるんですが、キチジローのことを話すと昔の友人のことを思い出すんです。

僕が高校生から大学最初の頃までの友人。彼も「俺もお前もキチジローなんだよ」なんて言ってましたが、どこまで読んだんだよまったく(笑)。貸したのに「全部読めてない」って毎度言ってたぞ。

彼は帰化をしていない在日韓国人でした。

僕はマイノリティー気質があったものだから(苦笑)彼とはとても気が合った。一緒に警官に噛み付いた事もあったっけ。そう。僕は左側から社会に入ったのかもしれません。だから僕は「いきなり権力側から入る人」を基本的に信用していません。

彼とお酒を飲むと、いつも「喧嘩にしか見えない議論」をやってました。「シンセなんかニセモンの楽器だ!」「サックスなんかタダの縦笛じゃねえか!」みたいな話でもメチャメチャ激昂してやり合っていたんで、飲み屋の人が止めに来るほどだったり。

僕らはただ真っ直ぐ激しく議論を戦わせていただけなんですけどね。「お前の言っていることはわからない」とか言って論点をズラすような事は一切しなかった記憶がある。それでも仲が悪くなるような事はなかったし、飲み屋を出たらそういう事を引きずることなんてありませんでした。楽しい思い出がたくさんです。

ただ、90年代終わりの頃には健全な中道右派(便宜上そう言わせてください)が登場したために状況は一変。

彼と議論をすると「意見が合う合わないどころか、単なる感情のぶつかり合い」となってしまって、ついには絶縁状態になっちゃったんですよね。若気の至り。

今にして思うと「あの時の俺は本当に愛国者たる態度を取れていただろうか?」と思ったりします。まあ、仕方がないのかな。

とにかく。キチジローを見るといっつもその時の僕自身を思い出したりするのです(笑)棄教云々の話ではありません。まったく信用できないのだが、あの極限状態ならば、これも知恵なのか?本当に強いのはこういう奴なんじゃないのか?って。(極限状態限定)

(それとか為政者の「信仰は阿片」っていう言葉もわかるわなwwww)

彼とユダを重ね合わせるのはまったくの無意味なんです。ユダは「神の万軍がやってきて忽ちイエスを救う」と考えていたのですから。彼はユダとはまるで違うと思う。

これをあえて「強さ」と呼ぶのならば、そのやり方には誠意とか・・・そうですね。誠意ってものをキチンと通さなきゃならなくて。処世術とかそんなレベルではないから、これはこれで苦難の道のりだと思ったりしますけど・・・

とにかく彼にはいろんな事を考えさせられますね(笑)だからシスターには見せられねえんだよwwwww

ただ、そんなくだらない処世術に走る弱い僕らをも救ってくれるというのが遠藤周作のキリスト教観である、という事です。そして実は僕も父には「神の赦し」については、そういうニュアンスを伝えられながら育ちました。

プロテスタンティズムに近いということになるのかしら?あの極限状態でキチジローはよくやったよ。キリスト教徒には「人々の前で祈ってはならない。その人はすでに報いを受けている」っていうのがありますし。

・・・

うん。書いてみたらやっぱり映画評にはならなかったな(笑)。これが「スコセッシの沈黙」のすごさだと思ってもらえれば。

本当はもっと色々と書きたいことがあるような気がするんですが、演出面でも素晴らしくって、エンドロールなんか本当最高でした。全部見た方がいいぞ。

とにかくおすすめ!何をやっても許されるわけじゃないから、劇場では静かに見ような!静かだったお!静かにならざるを得ない。

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